尚仁沢名水パークの採水口から出る水を見ると、塩谷町の名水はそこで完結するように感じます。実際の始まりはもっと上、高原山中腹の森林です。複数の湧き口から流れた水は尚仁沢川になり、取水堰と導水路を経て東荒川ダムへ入り、そこで仕事を変えながら町の内外へ進みます。
塩谷町の条例は、尚仁沢湧水を飲料・生活用水だけでなく、そば、豆腐、日本酒など地域の生産を支える水として位置づけます。観光名所を紹介する言葉だけでは、暮らしへ届く経路が抜け落ちます。
塩谷の水は「きれいな水」ではなく、森、川、ダム、蛇口、農地、発電所で別々の役割を引き受ける水です。 一滴の行方を上流から追います。
名水の入口は、採水口ではなく高原山の森にある
湧水群と天然林を一体で捉え、名水パークだけを水源の全体像にしないよう整理します。
尚仁沢湧水は一つの穴から湧く水ではなく、高原山中腹の複数の湧出を含む湧水群です。町条例は水温が四季を通して11度前後で、渇水や凍結をしにくいと記します。その周囲には樹齢を重ねたイヌブナの天然林が広がります。
栃木県は、湧水群と水源林を含む138haを尚仁沢自然環境保全地域とし、うち26haを特別地域に指定しています。保全対象は水面だけでなく、降った水を受け止める土壌、林、そこにすむ生物までです。
採水口だけを守っても、その上で水を蓄える森林と地中の流れを失えば湧水は続きません。 名水パークは源泉から水を導く接点ですが、水源そのものの全体ではありません。町は飲用する場合、煮沸・殺菌等を行い自己責任で使うよう案内しており、「名水=そのまま安全」とも決めつけません。
尚仁沢川の水は、東荒川ダムで五つの仕事に分かれる
治水・流水維持・水道・かんがい・発電を、水が流れる順番で追います。
湧水は尚仁沢川へ集まり、東荒川ダムの流入量を補う取水堰から導水路へ入ります。ダムは塩谷町上寺島にあり、1990年3月に完成しました。目的は洪水調節、河川の正常な流れの維持、水道用水、かんがい用水、発電です。
東荒川発電所では、ダムからの放流水を最大毎秒1.60立方メートル使い、最大600kWを発電します。発電後の水はダム直下へ戻されます。水を使うとは、必ずしもそこで消えてなくなることではありません。一つの流れが時間をずらして複数の役割を担います。
五つの目的は、同じ時に同じ量の水を求めるわけではありません。大雨のときは流入を調節し、雨が少ない時期は河川の流れや利水を支えます。発電は放流する水の落差を使います。「五種類の水」があるのではなく、貯めた水の時間と行き先を調整していると考えると、ダムの仕事が見えます。
ダムは水をせき止める一施設ではなく、豪雨時と渇水時、蛇口と田、電力を調整する分岐点です。 ただし洪水調節機能があっても下流の被害がゼロになる保証ではなく、放流情報と避難経路は別に確認します。
蛇口の水は一種類ではない――表流水と地下水を重ねる
尚仁沢の名前から町内全戸の水源を推測せず、県水道統計で供給の組み合わせを見ます。
「尚仁沢の町」と聞くと、すべての家庭が湧水だけを飲んでいるように思えます。栃木県の水道統計では、塩谷町の水源は尚仁沢川(東荒川ダム)の表流水に加え、浅井戸と深井戸で構成されます。町の水質資料にも、検査対象の原水として那珂川水系尚仁沢川の表流水が明記されます。
水道は、自然の水をそのまま配る仕組みではありません。取水、浄水、配水、検査、管路の維持が加わって初めて蛇口まで届きます。一方、農地ではかんがい水、食品づくりでは原料や工程の水として、求める量・品質・管理が異なります。
ここには、名水の評判だけでは見えない費用と技術があります。水源のイメージが同じでも、配水区域、管路の経路、断水時の影響は住所ごとに異なります。住まいの判断では、水質の話だけでなく、断水・凍結・給水拠点への道まで確認対象になります。
名水の評判と、水道事業が供給する安全な水は、つながっていても同じ制度ではありません。 住所ごとの配水や断水情報は町の最新案内で確認し、採水した水と水道水を混同しません。
守る対象が水質から土地利用へ広がった理由
湧水の枯渇と森林改変を防ぐため、条例の許可制・禁止区域が担う範囲を確認します。
2014年制定の高原山・尚仁沢湧水保全条例は、水質保全だけでなく、湧水の枯渇防止、生物多様性、社会的評価、産業振興を目的に含めます。指定された湧水等保全地域では、条例が定める事業活動に許可が必要です。
さらに町は2026年、自然環境と太陽光発電設備の調和に関する条例を改正し、湧水等保全地域を原則設置を認めない禁止区域へ加えました。問題を「濁ったかどうか」だけで判断するのではなく、森林伐採、造成、地下への影響という手前の段階から扱う考え方です。
水源保全は水を検査する仕事から、土地をどう使うか決める仕事へ広がっています。 一方で、個別事業の可否は条例手続きで判断されるため、記事から特定計画を許可・不許可と断定しません。
上寺島の一滴を、玉生・大宮・船生の暮らしへ戻す
上流の保全地と生活中心を分け、水、道路、防災を住所ごとに確かめる方法へ戻ります。
上寺島の水源地と、役場のある玉生、農地と集落が広がる大宮、東部の船生では、同じ水の町でも日常の条件が違います。水源に近いほど生活が便利とも、安全とも限りません。町内に鉄道駅はなく、路線バス、しおや交通、デマンド交通「えかんべ号」、自家用車の組み合わせが移動を支えます。
候補住所では、取水源の名前だけでなく、道路が東荒川・西荒川や支流をどこで渡るか、斜面に近いか、停電・断水時の給水場所へどう行くかを確認します。水に恵まれることと、洪水・土砂災害がないことは別です。
上寺島から玉生へ下る道と、大宮・船生の生活路は同じ水系を見ながらも役割が異なります。水源へ向かう道は平常時には森林管理や来訪の経路ですが、大雨時に同じ判断はできません。一つの「水の道」を日常動線と避難動線の両方に使わず、事前に分けておきます。