紀の川市を一本のJR沿線として見ると、南岸の桃山、貴志川線沿い、鞆渕・細野の山地が抜け落ちます。市は2005年11月7日、打田町、粉河町、那賀町、桃山町、貴志川町の五町が合併して成立しました。現行の都市計画マスタープランも、五つの旧町区域を地域別の単位にしています。
北岸側をJR和歌山線が東西に通り、南西の貴志川地域には和歌山電鐵貴志川線が入ります。二路線は市内の一駅で接続せず、向かう先も異なります。この記事では五旧町を、二つの鉄道方向、紀の川を渡る橋、山地へ入る地域交通から読み分けます。
五旧町を紀の川の両岸へ置き直す
合併前の五町を、北岸市街、南岸、貴志川流域、山地へ配置し直します。
打田は市役所本庁と公立那賀病院がある行政・医療の拠点です。粉河には旧町中心と粉河駅、那賀には名手駅側の生活中心があります。東西に市街・農地が続いて見えても、普段使う駅、支所、買い物先、橋は旧町ごとに変わります。
桃山は紀の川南岸を含み、桃や農地の景観だけでは生活条件を説明できません。本庁やJR駅へ向かう日は橋を渡り、南の山地へ向かう日は別の道路を使います。通勤時間には、橋の前後の交差点と駅の駐輪・送迎区間を足します。
貴志川は市南西部で、貴志川線を介して和歌山市側へ開きます。打田・粉河・那賀がJR和歌山線で東西へ向くのに対し、貴志川では南西から北西へ向かう通勤・通学が生まれます。同じ市の鉄道沿線でも、帰宅する駅と市内の行政先が一致しません。
鞆渕・細野等は山地・谷の生活条件を持ちます。五旧町の名前を住所欄だけに残さず、北岸JR軸、桃山の橋、貴志川線、山地の出口という四つの位置関係へ戻します。
JR五駅と貴志川線終点を二方向で使う
東西のJRと和歌山市へ向く私鉄を、駅後の用事と橋から分けます。
JR和歌山線の市内駅は下井阪、打田、紀伊長田、粉河、名手の五駅です。下井阪・打田は西寄り、紀伊長田・粉河は中央東寄り、名手は那賀地域側にあり、列車の停車、駅前道路、送迎のしやすさが同じではありません。
粉河地域では粉河駅だけでなく紀伊長田駅、打田地域では打田駅だけでなく下井阪駅が候補になる住所があります。駅名と旧町名を一対一に固定せず、朝夕の列車、徒歩・自転車の経路、駅後の勤務先を比べます。雨の日に同じ手段が使えるかも確認します。
和歌山電鐵貴志川線は、大池遊園、西山口、甘露寺前、貴志の各駅を市内に持ち、和歌山駅へ向かいます。貴志川地域からJR和歌山線へ出るには、道路・バスで市内を移動するか、和歌山市側で鉄道をつなぐなど別の経路になります。
九つの市内駅を利便性の数として足さず、JR五駅は紀の川沿いの東西軸、貴志川線四駅は和歌山市へ向く南西軸として別々に評価します。最寄り駅より実際に乗る駅が遠い場合は、その最後の区間を毎日分として計算します。
打田の本庁・那賀病院へ橋を選ぶ
行政と広域医療がある打田への往復を、各旧町と川の岸から確かめます。
紀の川市役所は西大井338番地で打田駅側です。公立那賀病院は打田1282番地にあり、本庁と同じ打田地域でも同一敷地ではありません。駅、役所、病院を地図上の三地点として置き、徒歩、自転車、バス、車の入口を確認します。
証明・届出・相談は本庁と各支所等で取扱いが異なります。旧町中心に行政接点が残っていても、すべての手続きが最寄りで完結するとは限りません。年に数回の本庁用事と、日常的な学校・ごみ・福祉の相談を分けます。
医療も、近所の診療所、公立那賀病院、休日急患、県内の専門医療を段階化します。公立那賀病院へ近いことを、救急時の搬送先が必ず同院になることと混同しません。診察後の薬局、迎えに来る家族、公共交通の復路まで確認します。
桃山等の南岸から打田へ向かう日は紀の川の橋が関わります。本庁と那賀病院への直線距離ではなく、どの橋を何回渡り、増水時に同じ岸で代替できる用事があるかを記録します。