紀宝町で路線図を開くと、紀伊井田駅と鵜殿駅、新宮駅が近い範囲に見えます。しかし、海岸に並ぶ2駅と、熊野川・相野谷川へ延びる内陸の暮らしは、同じ鉄道の近さでは測れません。
鵜殿と井田を海岸側の入口に置き、新宮、相野谷、浅里から帰る線を三つの町民バスでつなぎます。
海岸2駅を鵜殿と井田へ戻す
駅数より、降車後の用事と内陸への最後の移動を比べます。
紀伊井田駅と鵜殿駅は同じ紀勢本線上にありますが、駅後に続く用事が異なります。鵜殿は役場と新宮側への接続、井田は海岸帯の暮らしと内陸へ折れる道を確かめます。
平日の同じ時間に二駅を使い、降車後に買い物か行政手続きを一件だけ足します。玄関まで徒歩、自転車、町民バスのどれで戻れるかを記録します。
行きに紀伊井田駅、帰りに鵜殿駅を使う日は、朝に置いた自転車や車を誰がいつ回収するかも予定に入れます。回収のためだけに家族が国道を往復するなら、駅を替える利点は小さくなります。二駅間の列車だけでなく、最後の持ち物まで翌朝に残さない組み合わせを選びます。
紀宝町の2駅は町全体を覆う網ではなく、海岸帯から異なる生活方向へ入る二つの入口です。
新宮駅を県外ではなく生活の結節にする
県境を越えた行き先から、自宅へ戻る接続までを一続きにします。
鵜殿駅から紀勢本線で一駅先の新宮駅は和歌山県にあります。県外だから遠い生活圏とは限らず、相野谷線も新宮駅前へ向かいます。
通勤、受診、買い物の一つを新宮側へ置き、列車かバスの往復を試します。大切なのは新宮へ着けることではなく、帰りに県境を越えて候補住所まで戻れることです。
列車が遅れた時は、鵜殿駅から先の迎えを当然にせず、新宮側で待つ場所と次の町内便を決めます。
新宮で受診が延びた日は、買い物を外して鉄道か相野谷線のどちらか一本に絞ります。家族には「新宮で待つ」「鵜殿へ着く」「内陸へ戻る」の三段階で連絡し、県境で急な迎え先変更を起こしません。最終接続を過ぎたら、その日のうちに相野谷へ戻る前提自体を外します。
新宮駅は町外の目的地ではなく、紀宝町の一日を閉じるために使う県境越しの結節です。
町民バス3路線を帰る方向で選ぶ
病院、相野谷、浅里の三方向を同じ循環として数えません。
町民バスには紀南病院線、相野谷線、浅里鵜殿線があります。三つを本数の多い順に並べず、誰がどの用事からどの地域へ帰るかで選びます。
紀南病院線は受診、相野谷線は新宮と上桐原方面、浅里鵜殿線は熊野川沿いと役場側をつなぎます。乗継券の仕組みがあっても、接続時刻と一本後は別に確認します。
乗継に失敗した時は、乗継券があることを理由に次の区間へ歩き出しません。停留所の待機場所、次便までの時間、電話が通じる地点を先に確認します。通院日は紀南病院線の復路、行政日は浅里鵜殿線というように、目的に合わない横断を減らします。
3路線は一つの町内循環ではなく、病院・谷・川沿いへ帰る方向の違う生活線です。
旧鵜殿と相野谷で一日を別に閉じる
合併前の地域差を、用事を済ませる場所と復路へ戻します。
現在の町は旧紀宝町と旧鵜殿村の合併で生まれました。役場のある鵜殿へ用事が集まっても、相野谷や浅里から毎日同じ往復ができるわけではありません。
行政と買い物は鵜殿側、受診と新宮の用事は県境側というように、二件を同じ側へまとめます。内陸から出る日は、最後の便より前に用事を一つ外します。
家族の一人が鵜殿で手続き、もう一人が相野谷から新宮へ通院する日は、夕方に鵜殿で合流しません。それぞれが来た方向へ戻り、必要な買い物だけ翌日に交換します。合併後の町内を毎日横断できることより、旧地域の側で用事を閉じられることを確かめます。
町の中心を一つ決めるより、鵜殿と内陸のどちらでその日を閉じるかを先に決めます。
海・川・谷で退く向きを切り替える
災害名ごとに越えない線を決め、自宅集合を外します。
井田・鵜殿の海岸側では津波から海を離れます。一方、豪雨時に熊野川や相野谷川の橋へ向かい、斜面のある谷道へ入る行動は避けます。
家族が新宮、鵜殿、相野谷に分かれた場面を置きます。海岸の人は津波情報、内陸の人は河川と土砂、新宮側の人は鉄道・バスを確認し、次の連絡時刻までは迎えに動きません。
連絡文は現在地、越えない川・入らない道、次に情報を確認する時刻の三点にそろえます。鵜殿側は津波、相野谷側は川の水位と土砂、新宮側は県境交通を担当します。情報が一つ欠けた場合は自宅集合を延期し、橋の手前か指定避難場所で待ちます。
紀宝町では津波と豪雨で安全な方向が変わるため、いつでも自宅へ集まる計画にはしません。