昭和町は面積9.08平方キロメートル。東西4キロ、南北4.84キロで、町内に山林も原野もありません。数字だけなら、どこに住んでも同じように平らで近い町に見えます。ところが住所を歩くと、西条・押原・常永の旧三村、国母・常永の二駅、工業団地、甲府昭和IC、区画整理後の街区がそれぞれ違う方向へ生活を開いています。
小ささを便利さへ置き換える前に、候補住所から駅、学校、買い物、勤務先、避難先へ線を引きます。町境を越える用事も外さず、短い直線距離の途中にある幹線道路と河川を確かめます。
9.08平方キロを三つの旧村へ戻す
短い町内距離をそのまま徒歩圏にせず、西条・押原・常永の成り立ちから住所を読みます。
江戸末期の十一村は明治期に西条村・押原村・常永村へまとまり、1942年に昭和村となりました。現在も西条、押原、常永は三つの小学校区におおむね重なります。古い地名ではなく、学校、街路、公共施設を探す現役の索引です。
北部の西条には西条一区・二区、清水新居、西条新田、中部の押原には押越、河東中島、紙漉阿原、西部の常永には築地新居、飯喰、河西、上河東などがあります。同じ町内でも、甲府市側へ向く住所、町役場へ集まる住所、常永駅や中央市側へ開く住所に分かれます。
候補住所は、まず住居表示・地番から行政区を確認し、次に町の通学区域表で小学校区を照合します。最後に最寄り駅を足します。駅名から地区を推測すると、常永駅に近くても押原小学校区になる築地新居のような境目を見落とします。
9.08平方キロという小ささより、住所が西条・押原・常永のどこにあるかを先に見ます。
二駅と一つのICを別の入口として試す
国母駅、常永駅、甲府昭和ICへ向かう三つの移動を、一週間の用事ごとに分けます。
JR身延線の国母駅と常永駅があります。町の案内では、どちらの駅から町役場へも徒歩約20分です。駅が二つあることと、全住所が駅徒歩圏であることは同じではありません。
国母駅は甲府市境に近く、西条や工業団地側から候補になりやすい駅です。常永駅は上河東にあり、区画整理地や中央市側の施設へ向く動線と重なります。甲府昭和ICと国道20号は、鉄道とは別に広域の通勤・買い物を支えます。
平日朝は勤務先へ、休日昼は買い物へ、夜は駅から徒歩で戻る経路を測ります。駅とICを一つの「交通利便性」にまとめず、使う曜日と目的で入口を替えます。
比較日は二日用意します。鉄道の日は玄関からホーム、降車駅から目的地、夜の帰宅まで。車の日は甲府昭和ICや国道20号へ出る交差点、駐車場入口、渋滞時の戻り道まで書きます。二日を同じ表へ置くと、家族で一台を共有できる時間も分かります。
2026年9月1日から11月27日に案内された高齢者コミュニティバスは、65歳以上で運転免許を持たない人などを対象にした火曜・金曜の日中の実証です。対象外の家族や期間後の移動へ、そのまま使える路線として組み込みません。
国母駅・常永駅・甲府昭和ICは、同じ近さを示す三点ではなく、生活の向きを変える三つの入口です。
旧集落・工業団地・新しい街区を歩き分ける
同じ低平地でも、昔からの道、通勤車が集まる道、区画整理後の道は歩き方が異なります。
常永駅北西側では約83.4ヘクタールの土地区画整理が進められ、住宅や商業の新しい街区が形成されました。一方、西条・押原には旧集落の道があり、国母・釜無工業団地では勤務時間に人と車が集中します。
道路幅が広い新市街地でも、商業施設へ向かう車の出入りが多ければ横断に時間がかかります。旧集落では短い抜け道でも歩道がない場合があります。工業団地周辺は交替時間と大型車の動きを見ます。
候補住所は平日7時台、夕方、休日昼の三回に分けて歩きます。玄関前の静けさだけでなく、駅・学校・買い物先へ出る最初の交差点まで確かめます。
町の人口は町制施行時の1971年に5,814人、2025年8月には21,470人と公表されています。増加を将来性の評価には使いません。旧集落の細い道へ住宅が加わった場所、新しい街区で店舗や学校への需要が増えた場所を読み、完成時期の違う道路を同じ住宅地として扱わないために使います。
平らな道でも、旧集落・工業団地・区画整理地では歩行者と車が出会う場所が違います。