桐生の町を歩くと、三角形が連続する独特の屋根が住宅の向こうに現れます。ノコギリ屋根工場です。外観だけを切り取れば、織都・桐生を示す分かりやすい記号に見えます。しかし、この屋根は町を飾るために選ばれたのではありません。織物を安定してつくるための光と作業空間が、建物の形を決めました。
ノコギリ屋根は「桐生らしいデザイン」になる前に、織物をつくる仕事の都合から生まれた工場建築でした。 その工場が一つの工業団地ではなく、市街地の細い道や住宅の間へ散らばったことに、桐生の産地構造が表れています。
屋根の形から、桐生の仕事場を逆算する
鋸歯状の輪郭を意匠として眺めず、織物をつくる光と空間の条件から読みます。
ノコギリ屋根工場は、断面を見ると鋸の歯のような形をしています。傾斜面と窓面を交互に並べ、織物の色や織り目を確かめやすい安定した光を作業場へ入れるための構造です。大きな一枚窓だけに頼らず、奥行きのある工場へ光を配れる利点がありました。
桐生で最初のノコギリ屋根工場は、1890年に竣工した日本織物株式会社の機械制工場とされています。建物は戦後に解体されましたが、同じ形式は大正から昭和初期にかけて市内へ広がりました。現在残る工場を一律に同年代だと思わず、建築年、材料、屋根の連数、増改築を個別に見る必要があります。
屋根だけを写真に収めると、工場と周囲の関係が切れます。隣に住宅があるのか、背後に水路があるのか、原料や製品を運ぶ道幅はどれほどか。ノコギリ屋根を地面まで見ると、建物の形ではなく、仕事場が暮らしの隣にあったことが分かります。
1907年の電気が、工場を町なかへ増やした
送電と力織機への移行が、工場建築の増加へどうつながったかをたどります。
工場が増える転機の一つが電力でした。1907年、渡良瀬水力電気株式会社によって大間々、桐生、足利方面への送電が始まります。手織機から力織機への移行が進み、動力を使う生産に合った工場空間が必要になりました。
電気が来たから一夜で全工場が建て替わったわけではありません。手仕事と機械、古い工場と新しい工場が併存しながら、生産量や受注に応じて建物が足されました。ノコギリ屋根が複数連なる姿には、事業の成長に合わせて作業面積を広げた履歴が残る場合があります。
1907年の送電は、力織機を動かしただけでなく、桐生の町に新しい工場の形を増やしました。 発電所、送電、生産設備、建築を別々の近代化として扱わず、一枚の布ができるまでの仕組みとしてつなぐことが大切です。
237棟は工業団地ではなく、住宅地の間にあった
地区別の分布から、仕事と暮らしが隣り合う旧桐生市街の密度を捉えます。
桐生市の歴史的風致維持向上計画は、2004年の調査で237棟のノコギリ屋根工場が確認されたと記します。半数以上は中心地区にあり、東地区に42棟、新宿地区に19棟がありました。この数字は現在の現存棟数ではありませんが、工場がどのような町にあったかを示します。
237棟という規模から巨大な工場地帯を想像すると、桐生の姿を取り違えます。中心地区や東地区では、工場は商家や住宅の裏、細街路の先、小さな敷地にも置かれました。職住が完全に分離する前の市街地で、生産と日常が近接していたのです。
工場の音、材料の搬入、働く人の往来は、当時の生活環境そのものでした。現在は静かな住宅地に見える場所でも、屋根の連なりを探すと以前の土地利用が現れます。237棟は一か所に集まった数字ではなく、町の中へ分散した仕事場の総数です。
一枚の布を分業する町だから、工場も一か所に集まらない
織りの前後にある工程と事業者の連携から、分散した産地の仕組みを考えます。
桐生織は「織る」だけで完成しません。糸を整える整経、染色、織り、整理、刺繍など、複数の技術が関わります。市は現在も、それらを伝統産業・伝統工芸として紹介しています。工程ごとに専門の事業者がいる産地では、すべてを一社の巨大工場へ集約する必要がありませんでした。
小規模な工場同士を結ぶのは、道路、取引、職人の移動です。町なかへ工場が散らばった姿は、非効率の結果ではなく、専門工程を地域内でつなぐ仕組みの表れでもあります。屋根の数だけを数えるより、工場間で何が動いたのかを考えると産地が立体的になります。
足利や富岡にも繊維産業の歴史がありますが、同じ物語ではありません。富岡製糸場のような大工場を中心に置く像に対し、桐生では分業する事業所と工場が市街へ散在しました。一枚の布を分業でつくる町では、産業景観も一つの敷地に完結しません。
残すだけでなく、次の使い手へ渡せるか
現役・空き・転用済みを分け、建物が役割を変えながら残る条件を見ます。
役目を終えたノコギリ屋根工場は解体され、数が減っています。私有建物である以上、所有者に保存を求めるだけでは続きません。修繕費、耐震性、用途、周辺環境、使い手を具体的に結ぶ必要があります。
一方、市内には現在も生産に使われる工場があり、工房や別用途へ転用された建物もあります。桐生市工房推進協議会には利用希望者からの相談が寄せられ、市の実施計画にも活用相談やマッチングが位置づけられています。現役、転用済み、空き、解体済みを区別して見ることが、実態を誇張しない第一歩です。