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射爆撃場跡はどう変わったか⁠|⁠ひたちなか地区の公園・港・産業都市

国営ひたち海浜公園、茨城港常陸那珂港区、工業団地は、同じ返還地から生まれました。1,182ヘクタールの土地利用と市合併をたどります。

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射爆撃場跡はどう変わったか|ひたちなか地区の公園・港・産業都市

地域の輪郭を起点に、交通・地形・生活圏を読み解きます。

国営ひたち海浜公園、茨城港常陸那珂港区、工業団地。現在は用途も管理者も違う三つの場所ですが、地図を引くと隣り合っています。偶然近くへ集まったのではありません。三者の下には、かつて水戸対地射爆撃場だった広大な土地があります。市が「ひたちなか地区」と呼ぶ約1,182ヘクタールです。

この土地には戦前、水戸陸軍飛行学校が置かれました。戦後は連合国軍に接収され、米軍機が対地射撃や爆弾投下の訓練をする射爆撃場になります。人家に近く、騒音に加えて住民を巻き込む死傷事故も起きました。返還運動の末、1971年に射爆撃行為が停止し、1973年3月に日本政府へ全面返還されます。

海浜公園の花畑だけを見ても、なぜ港と工業団地が同じ海岸に並ぶのかは分かりません。 返還後の土地を何に使うか。その答えを、公園だけでなく働く場所、物流、道路、既存集落まで含めて組み立てたところに、ひたちなか地区の固有性があります。

海浜公園の地図から、滑走路の記憶を消さない

花や海辺の現在像から一度離れ、この土地が軍用地になり、住民生活と隣り合っていた時代から読み始めます。

軍用地だった時代を、現在の公園に暗い前史を添えるだけの話にはできません。射爆撃場は周辺住民の日常と隣り合い、訓練停止と返還を求める運動が土地の行方を変えました。市の年表では、1939年の飛行学校開設、1946年の接収、1971年の射爆撃停止、1973年の返還が一続きになっています。

返還後も、境界線が消えて元の土地へ戻ったわけではありません。1,000ヘクタールを超える国有地を、誰が、どの目的で、どの順番に使うのかを決める必要がありました。現在の公園を「自然が残った場所」とだけ見ると、返還と再配分の判断が抜け落ちます。

海浜公園内には砂丘や海浜植物の環境が残ります。一方、その周囲には業務・商業・港湾の土地利用があります。自然を守る区画と都市機能を置く区画を分けたこと自体が、返還地の設計でした。 ただし、現在の各施設の境界が旧射爆撃場の境界とそのまま一致するわけではありません。

返還はゴールではなく、1,182ヘクタールの使い方を決める始まりだった

1973年の全面返還から、国有地を公園・港・産業へ配分するまでの時間を追います。

全面返還から土地利用の骨格が固まるまでには時間があります。1981年、国有財産中央審議会は返還国有地の処理大綱を答申し、国営公園や流通港湾関連施設などを核にする方針を示しました。返還から8年後です。

1985年には、県と地元市村による協議会が「国際港湾公園都市構想」を発表します。仕事と余暇を同じ地区に置く「ビジネス・アンド・プレジャー」という考え方でした。言葉は時代を感じさせますが、港だけ、公園だけに特化しない複合的な土地利用は現在にも続いています。

返還運動の成果は土地を空白に戻したことではなく、その後の公共的な使い方を選べる状態にしたことです。 返還年だけで話を終えると、現在の都市ができるまでの重要な十数年が見えなくなります。

公園・港・工業団地を、8地区の設計図で分けた

隣り合う施設を別々の名所としてではなく、用途を分担する一つの都市地区として見ます。

1993年、ひたちなか地区はセンター地区を含む8地区へ分け、それぞれの用途に応じて整備する方向が決まりました。この地図を介すと、国営ひたち海浜公園、常陸那珂工業団地、港湾関連用地、商業・業務施設が一つの構想の中に見えてきます。

茨城港常陸那珂港区は、ひたちなか市と東海村にまたがる計画面積約783ヘクタールの港湾地区です。返還地約1,182ヘクタールと数字が違うのは、同じ境界を表す面積ではないからです。港は高速アクセス道路と一体で整備され、鉄道駅前とは別の尺度で北関東の物流を受け止めます。

公園も港も「海側の大きな施設」ですが、人の滞在、貨物車両、業務、緑地では必要な道路と空間が違います。隣接していても、地区ごとの動線を混ぜないためにゾーニングがあります。 地図上の距離だけで行き来を決めず、入口の位置と公道上の経路を確かめることが現在の利用にも大切です。

第三の都市軸が、勝田と那珂湊を一つの市へ近づけた

旧二市の間に生まれた巨大な事業が、市域を一体で考える理由になった過程を確かめます。

ひたちなか市は1994年11月、勝田市と那珂湊市の合併で誕生しました。旧勝田市は工業都市、旧那珂湊市は水産都市として発展し、生活・経済上のつながりを持ちながら、別の中心を形成していました。

返還地の開発は、その二つの市域にまたがる大規模事業でした。市の総合計画は、港や道路の建設が進む中で、ひたちなか地区を一体的に整備する必要性が二市間で高まり、合併へ至ったと整理しています。単に隣同士だから一つになった、という説明より具体的です。

現在の都市計画は、勝田駅周辺、佐和駅周辺、那珂湊地区と並べて、ひたちなか地区を一つの都市拠点に置きます。旧二市の中心の中間に新しい中心を置いたのではなく、性格の異なる第三の拠点を加えた市です。 だから市内を「勝田側か海側か」の二分だけで読むと、返還地から生まれた都市軸を取りこぼします。

返還地の現在を、駅ではなく用途と避難動線で読む

港、公園、商業、既存集落で異なる日常動線と海岸防災を、現在の地図へ戻します。

ひたちなか地区は、最寄り駅からの距離だけで生活条件を決めにくい場所です。港湾・工業用地では高速道路と業務車両の動線、公園や商業地区では来訪交通、阿字ヶ浦の既存集落では湊線と生活道路が重要になります。同じ海側でも、毎日の移動単位が違います。

海岸部の防災も地区別に確認します。市の津波避難マップは、那珂湊、平磯、磯崎、阿字ヶ浦などを分けて示しています。返還地の高低差や公園の広さだけで安全性は判断できません。現在地からどの高台へ、どの道路で徒歩避難するかを現行地図で確かめます。

序列ではなく特性の整理
項目 形成の起点現在の読み方
勝田駅周辺 旧勝田市の工業・商業中心鉄道、行政、既成市街地のまとまりを見る
佐和駅周辺 常磐線沿いの北部生活拠点駅勢圏と住宅地、東海村方向の動線を確かめる
那珂湊地区 歴史ある港町・水産都市湊線、漁港、既成市街地を一体で読む
ひたちなか地区 返還国有地を計画的に再編公園・港・産業・商業を用途別に見る
阿字ヶ浦周辺 海岸集落と留保地周辺の整備湊線、生活道路、津波避難を地点別に重ねる

ひたちなか海浜鉄道湊線には阿字ヶ浦駅がありますが、公園方面への延伸は計画と現行を分けます。完成後を先取りせず、今使える駅・バス・道路で考えることが必要です。返還地を現在の街として読む鍵は、過去の境界ではなく、用途ごとに違う入口と退出路を確かめることです。

勝田・佐和・那珂湊を含む日常の生活圏は、ひたちなか市の基幹記事で確認できます。本稿は、返還地から第三の都市軸が生まれた過程に範囲を絞っています。

ひたちなか地区を知るFAQ

Q. ひたちなか地区はいつ返還されましたか? 水戸対地射爆撃場は1971年に射爆撃行為が停止され、1973年3月に日本政府へ全面返還されました。

Q. 国営ひたち海浜公園は射爆撃場跡地の全部ですか? 全部ではありません。返還地約1,182ヘクタールは、公園、港湾関連、工業・業務、交通など複数の用途へ分けて整備されました。

Q. 常陸那珂港の現在の正式名称は何ですか? 現在は「茨城港常陸那珂港区」です。2008年に日立港・常陸那珂港・大洗港が統合され、茨城港の一港区になりました。

Q. ひたちなか地区の開発は市の合併と関係がありますか? 市の計画は、地区開発を一体的に進める必要性が、勝田市と那珂湊市の合併を後押しした経過を記しています。

Q. 湊線で海浜公園の前まで行けますか? 現行の終点は阿字ヶ浦駅です。延伸は計画段階の情報と区別し、利用時は鉄道会社と市の最新案内を確認します。

公園、港、工業団地を別々に眺めると、ひたちなか地区は巨大施設が点在する郊外に見えます。しかし、その下に返還運動と国有地処理、8地区の設計、二市合併を重ねると、点は一本の都市史になります。軍用地を消して更地から始めたのではありません。土地の過去を引き受けながら、自然、仕事、物流、生活の場所へ配り直した。その選択の積み重ねが、ひたちなか市の第三の都市軸をつくりました。

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