舟形町には、奥羽本線の舟形駅と、陸羽東線の東長沢駅・長沢駅があります。三駅あると聞けば鉄道で動きやすい町を想像しますが、2024年7月豪雨後、陸羽東線の鳴子温泉―新庄間は運休区間です。舟形駅側の列車と、長沢側の代行輸送は別々に確かめなければなりません。
町域は東西約27.4km、南北約6.5km。小国川に沿って細長く、舟形と堀内では新庄へ向かう道も中心へ入る道も違います。さらに川沿いには六〜七段の河岸段丘があります。駅名、旧町村、川からの高さを一枚へ重ねます。
二つの鉄道軸を現在の運行で分ける
町内三駅を同列にせず、動いている列車と代行輸送から使える一日を組みます。
舟形駅は奥羽本線の駅で、新庄方面・山形方面の現行列車を利用できます。一方、東長沢駅と長沢駅は陸羽東線の運休区間にあります。駅の入口まで歩けても、通常の列車に乗れるとは限りません。
三駅を距離順に並べず、舟形駅の現行列車と、東長沢・長沢側の代行輸送を二つの時刻表に分けます。 朝の出発、目的地への到着、帰宅に使う便を路線別に一組作ります。
東長沢・長沢側から舟形駅へ車で回る案も、町内移動として測ります。駅までの送迎時間、積雪時の道路、列車を逃した後の待ち時間を含めます。復旧方針は将来の情報として残し、今日の移動表には現在使える便だけを書きます。
三駅の数を利便性の点数にはしません。家族の通勤先が新庄か山形方面か、学校がどの方向か、帰宅が何時になるかで、使える鉄道軸を選び直します。
舟形と堀内を東西の生活圏として読む
一度分かれ、再び合併した二地域を、中心へ向かう道と用事から見直します。
舟形町と堀内村は1890年に分かれ、64年後の1954年に再び一つの町になりました。この成り立ちは現在の東西距離にも重なります。舟形駅・役場側と、堀内・松橋側の用事を一つの中心へ押し込みません。堀内側から新庄へ出る日には、いったん舟形駅前へ寄る経路が最短とは限らないからです。
「舟形町の中心まで」ではなく、舟形側で済む用事、堀内側で済む用事、新庄へ直接向かう用事に分けます。 最上川・小国川・松橋川のどの橋を通るかも記録します。
新庄市は近い広域核ですが、町のどこからでも同じ時間ではありません。朝の受診、夕方の買い物、舟形駅への送迎を一台の車で続けた時、橋と町境を何度越えるかを数えます。
町の端から端まで移動する日を標準にせず、普段の生活圏を小さく作ったうえで、週に一度の町外用事を足します。東西の長さを、毎日背負う距離と時々使う距離へ分けます。
予約交通を町内と新庄行きへ分ける
町内の移動、県立新庄病院への受診、駅接続を目的別に確かめます。
舟形町では町営バス廃止後、デマンド型乗合タクシーが町内交通を担っています。町内を結ぶ便と、県立新庄病院方面へ向かう町外便は、目的地も利用のしかたも同じではありません。
デマンド交通を「予約すれば自由に行ける車」と考えず、対象区間、予約締切、乗降場所、帰便を用事ごとに確認します。 受診予約より先に到着できる便と、診察が延びても戻れる便を組みます。
舟形駅へ列車接続する日、長沢側から町内用事を済ませる日、新庄へ通院する日を分けます。予約できなかった時に家族送迎へ切り替えるなら、送り手が二往復する時間も記録します。堀内・松橋側では、舟形中心へ寄る便と新庄へ直接出る便を同じ表へ混ぜず、用事の方向に合う方だけを残します。
制度の愛称や時刻が更新される時期には、保存した古い広報だけで判断せず、町の現行公共交通ページへ戻ります。曜日、運賃、予約先を確認日と一緒に残します。